“神童”と呼ばれ、35歳で短い生涯の幕を閉じるまで数多くの名作を生み出し続けた偉大な作曲家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。映画『AMADEUS』は、モーツァルトの才能の陰で苦しみ続けたサリエリに焦点を当てることで、その天才性を顕著に描き出しています。
深い信仰心を持ち、実直に音楽と向き合ってきたサリエリにとって、モーツァルトとの出会いは衝撃的かつ最悪なものでした。下品な言動に、サリエリの音楽をばかにする態度、それでいて彼の音楽は“完璧”でした。敗北感、怒り、嫉妬…複雑に入り乱れた感情に支配され、モーツァルトに固執していくサリエリ。陰湿に出世を阻むものの、彼の作品の上演機会があれば必ず足を運び、その美しさに絶句する―。この複雑な人間模様は時代を超えて多くの人の共感を呼ぶのではないでしょうか。
劇中では、彼らの人間ドラマをモーツァルトの名曲が盛り上げます。冒頭で流れる《交響曲第25番》を皮切りに、クラヴィーア小品、大ミサ曲、ピアノ協奏曲など、幅広い作品が全編通して効果的に用いられ、その素晴らしさがまた、サリエリの複雑な感情を裏付ける説得力となっているのです。また、オペラ《後宮からの誘拐》《フィガロの結婚》《ドン・ジョヴァンニ》《魔笛》のハイライトシーンも劇中に登場するため、“作品の中で作品を鑑賞できる”という二重構造を楽しむことができます。
なんと言っても一番の見どころは、死の淵にいるモーツァルトが口述で作曲した《レクイエム》を、サリエリが代筆するシーンです。頭の中で既に完成している音列が止めどなくモーツァルトの口を突いて出て、サリエリがそれを急いで書き留めていきます。すると、まさに今筆記している音楽が流れ始め、その旋律の美しさに私たちもサリエリと一緒になって息をのむことになるでしょう。初めはモーツァルトの作曲速度に付いていけずパニック状態だったサリエリも次第にイメージをつかみ、音符を記す筆が止まりません。夢中になって共同作業を進めていく様子は、音楽を愛する二人が対立関係の次元を超え、純粋に創作に没頭しているようで胸に迫るものがあります。
結局、《レクイエム》は完成することなくモーツァルトは死んでしまいます。盛大に弔われると考えていたサリエリの想像に反し、モーツァルトは共同墓地におざなりに埋葬され、それ故にサリエリは、罪の意識にさいなまれながら残りの人生を生き続けることになりました。神から才能を与えられたモーツァルトと、才能を与えてくれなかった神を恨んだサリエリ。そのどちらも孤独を抱えた人生だったのかと思うと、非常に切ない結末です。