パルマ・ヴェルディ・フェスティバル(イタリア)
イタリア、エミリア・ロマーニャ州パルマ県の県都パルマ。 この街の名前を聞いても、ぱっとイメージのわく人は、あまり多くないのではないでしょうか。
でも、この人口18万人弱の小都市は、イタリアの音楽、美術、文学や食文化を語る上では、ミラノやローマといったイタリアを代表する大都市にも勝るとも劣らない大きな価値をもちます。
イタリアオペラを代表する偉大な作曲家のひとり、ジュゼッペ・ヴェルディ。
彼はパルマ近郊の小さな村ロンコーレ(現在は彼の名前を冠してロンコーレ=ヴェルディ)の宿屋の息子として生まれ、小さい 頃、この街と周辺の町で、地元の音楽家や篤志家の庇護を受けながら音楽の素養を磨きました。そして大成し、世界へ飛翔したあと、人生の後半は、この故郷に近いサンタガータに広大な農場を購入して荘園を経営、篤志家として、イタリアの音楽界の福利や、地元のために貢献し今でも人々から深く敬愛されています。
作曲家という職業は、生前にはなかなか認められず、経済的な困窮など厳しい人生を強いられた人も多かったことから、このエピソードは、ちょっと意外かもしれません。でも、イタリアの作曲家は、生前にその本業ではもちろん、また実業家として成功してそれぞれの地元に尽くした人も多かったのです。そして、その功績は、彼らの作品が今でも特に地元では熱く指示され、顕彰した音楽祭が開かれていることとは、決して無縁ではないでしょう。
彼が活躍した時代は、まさにオーストリアの占領から脱し、イタリアが王国として統一されて、ナショナリズムが昂揚していた時期に重なります。パルマのあたりは、この統一運動の中心となった地域でもあり、ヴェルディもその統一解放運動に胸を熱くしていた一人であったことは間違いありません。 彼の代表作の一つ歌劇《ナブッコ》の第3幕で歌われる奴隷とされていたユダヤ人が祖国を想って歌うアリアは、今でも第2のイタリア国歌として国民に愛されています。
その彼を顕彰した音楽祭(フェスティバル)が、パルマ・ヴェルディ・フェスティバルです。
パルマ・ヴェルディ・フェスティバルの舞台は、彼の故郷周辺のいくつかの町の中の劇場になります。その定員は、500名から700名程度ですから、日本でいえば室内楽用のホールを想像していただければ規模がお分かりいただけることでしょう。(ということは、人気の音楽祭でもあり、チケットがなかなか手に入らないということでもあります!)
小都市ですから、ミラノのスカラ座やローマの歌劇場のような大きさも、豪華絢爛さもありません。 でも、この“我らの”偉大な作曲家の故郷で開かれる音楽祭であるため、それに出演する歌手も世界を舞台に活躍する一流の実力派。プライドに裏打ちされた気合が入っていますし、また耳の肥えた、音にうるさい聴衆も妥協や手抜きに決して容赦しません。 歌手と観客の真剣勝負の見られる素晴らしい体験ができますし、結果、演奏者と聴衆が一体となった音楽会が生まれます。 音楽は瞬間芸術。その感動は、その場を共有した人が一番よくわかりますし、参加した人の特権です。こうしてパルマ王立劇場、ブッセートのヴェルディ劇場などの歴史ある空間は、多くのオペラ愛好家を魅了し続けているのです。
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コラム パルマの美食
パルマやその周辺は、“パルマ・ハム”や“パルミジャーノ・ レッジャーノ(チーズ)”といった食の国イタリアを代表する食材も豊富ですし、この音楽祭の時期は、世界の食通を唸らせる季節の食材、ポルチーニ(きのこ)の採れる時期でもあります。旅の重要なポイント である食事も楽しめることは請け合いです。
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